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新型コロナウイルスに伴う建築工事の中止とその後の対応

2020.05.14 Thu  PHI LAW OFFICE STAFF

新型コロナウイルスの感染拡大が建設現場にも広がっており、一部の建設会社では工事の中止を決定しました。

そこで、本記事では、建築請負契約における工事中止の法的根拠、工事中止にともなう工期の延長請求の可否、工事を中止した場合の法的リスク(損害賠償義務)などについて解説していきます。

本記事の内容▼

  1. 工事中止の法的根拠
  2. 受注者の工事中止権
  3. 新型コロナウイルスの感染拡大と工事中止権の行使
  4. 工期の延長請求
  5. 工事中止にともなう損害の負担について
  6. 改正約款における変更点
  7. まとめ

 

1 工事中止の法的根拠

民間の建築工事請負契約では、『民間(旧四会)連合協定工事請負契約約款』が使用されているのが実務です。

したがって、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、建設会社が工事を中止できるか否かは、同約款に基づき検討することになります。

なお、同約款は、2020年4月1日の民法改正にともなって、今年4月に改正されています。しかし、現在、中止を検討しなければならない建築請負工事は、改正前の約款(以下、「改正前約款」といいます。)が使用されていると思われるので、本記事では、基本的に改正前約款の規定に基づいて解説していきます。

 

2 受注者の工事中止権

改正前約款32条1項cは、受注者による工事の中止権について、次のように規定しています。

第32条 受注者の中止権、解除権

(1) 次の各号の一にあたるとき、受注者は、発注者に対し、書面をもって、相当の期間を定めて催告してもなお解消されないときは、この工事を中止することができる。

c 発注者が第2条の敷地及び工事用地などを受注者の使用に供することができないため、又は不可抗力などのため受注者が施工できないとき

 

受注者は、『不可抗力』を理由に施工ができないときは、発注者に対し、書面をもって催告して、工事を中断することができます。

なお、本来、『不可抗力』を理由とする場合には、発注者に催告してもその解消を期待することはできないため、催告をする意味はありません。しかし、後に生じる得る紛争を回避するためには、念のため改正前約款32条1項に従い、発注者に書面をもって催告をしておくことをおすすめします。

 

3 コロナウイルスの感染拡大と工事中止権の行使

3.1 工事中止権行使の要件

では、新型コロナウイルスの感染拡大は『不可抗力』にあたり、受注者は工事を中止することができるのでしょうか。

受注者が工事中止権を行使するためには、以下の2つの条件を満たす必要があるといえるでしょう。

① 新型コロナウイルスの感染拡大が『不可抗力』にあたること

② 『不可抗力』のために受注者が施工できなくなったこと

 

3.2 新型コロナウイルスの感染拡大と『不可抗力』

『不可抗力』の定義について、改正前約款21条1項が「天災その他自然的又は人為的な事象であって、発注者と受注者のいずれの責めにも帰することのできない事由」と規定しています。

この点、国土交通省は、令和2年4月17日付け事務連絡(建設業者団体の長を宛名とする「新型コロナウイルス感染症に係る緊急事態措置の対象が全国に拡大されたことに伴う工事等の対応について」)において、次のように述べています。

「なお、受発注者の故意又は過失により施工できなくなる場合を除き、資機材等の調達困難や感染者の発生など、新型コロナウイルス感染症の影響により工事が施工できなくなる場合は、建設工事標準請負契約約款における不可抗力』に該当するものと考えられます。」

3.3 受注者が施工できなくなったこと

もっとも、現時点では、工事に必要な資機材の調達はできており、かつ、感染者はひとりもでていないという建設現場も数多く存在すると思われます。そのような現場についても、新型コロナウイルスの影響により「受注者が施工できないとき」とはいえないのではないか、という疑問が生じるところです。

この点については、使用者の労働者に対する安全配慮義務(労働契約法5条)や、一定の要件のもとに認められる下請企業の労働者に対する安全配慮義務(最高裁平成3年4月11日判決)との関係で考える必要があります。

新型コロナウイルスの感染拡大、及び、それにともなう改正新型インフルエンザ対策特別措置法に基づく緊急事態宣言下での上記安全配慮義務の具体的な内容について、たとえば、以下のような事情を総合考慮して、個々の現場ごとに判断していく必要があるでしょう。

・現在までに分かっている建設現場が属する地域における感染者数、死亡者数、重症者数

・作業工程の変更や、作業員の削減による感染リスク低減方法の検討、実施

・作業現場の状況(屋外か、屋内かなど)

・作業員の具体的な作業内容(作業員同士の社会的距離を確保できるか否かなど)

これらの事情を踏まえて、作業員に対して現場での作業を行わせることが、上記の安全配慮義務に違反するということであれば、②『不可抗力』のために受注者が施工できなくなったこと、という条件も満たすと考えられます。

受注者が、改正前約款32条1項cに基づく工事中止権を行使して工事を中止する際には、個々の建設現場ごとに慎重な判断が必要となりますので、注意が必要です。

 

4 工期の延長請求

受注者が、改正前約款32条1項cに基づき工事を中断した場合、多くの建築請負契約では、当初予定していた工期よりも遅れが生じることが予想されます。

改正前約款32条2項、3項は、次のように規定し、受注者に対し、工期延長請求を認めています。

第32条2項

本条(1)における中止事由が解消したときは、受注者は、この工事を再開する。

第32条3項

本条(2)によりこの工事が再開された場合、受注者は、発注者に対してその理由を明示して必要と認められる工期の延長を請求することができる。

 

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、改正前約款32条1項cに基づき工事を中断した受注者は、新型コロナウイルスが終息するまでは工事を中止することができ、また、工事を再開できるようになった後、発注者に対して、工期の延長を請求することができます。

本規定に基づき工期の延長がなされた場合、当初の契約に定めた工期通りに工事が進まず、引き渡しが遅れたとしても、受注者は、履行遅滞の責任を負うことはありません。

すなわち、発注者は受注者に対し、完成物の引き渡しが遅れたことを理由として、損害賠償請求をすることはできないということです。

延長すべき工期の日数については、まずは、発注者との間で協議が行われることになると思いますが、たとえ協議が成立しなかったとしても、受注者が改正前約款32条3項に基づき工期の延長請求をすれば、客観的に相当と認めらえる期間内は、工事遅滞による責任を問われることはありません。

 

5 工事中止にともなう損害の負担について

5.1 損害の発注者負担

建設工事では、いったん工事を中止すると、その間手待ちによる損害が受注者に発生することは避けられません。

この点、改正前約款32条6項は、次のように規定し、受注者は、発注者に対し、32条1項に基づく工事の中止にともなって生じる損害の賠償を請求できることとしています。

第32条6項

本条(1)又は(4)の場合、受注者は、発注者に損害の賠償を請求することができる。

 

本条項により受注者が請求できる損害の範囲は、単に中止中の出来形の保管費用など履行そのものに伴う増加費用にとどまりません。工事を中止すること自体によって発生した出捐、無駄になった機材に対する出費、労務費用、関連業者に支払った損害金など、中止によって生じた出費一切を含むと考えられています。

 

5.2 受注者の解除権

このように受注者は、発注者に対し、工事の中止にともなって生じる損害の賠償を請求できることになっていますが、工事中止期間が長期化し、損害額が高額となると、現実にその支払いを受けられるか不安になります。

そこで、中止期間が工期の1/4以上になったとき、又は、2か月以上になったときは、受注者は、建設工事請負契約を解除することができます(改正前約款32条4項)。

第32条4項

次の各号の一にあたるとき、受注者は、書面をもって発注者に通知してこの契約を解除することができる。

a 第31条(1)又は本条(1)によるこの工事の遅延又は中止期間が、工期の1/4以上になったとき、又は2か月以上になったとき。

 

5.3 改正前約款21条との関係

なお、『不可抗力』を理由とする受注者による発注者に対する損害賠償請求については、上記32条6項とは別に、21条が次のように規定しています。

第21条 不可抗力による損害

(1) 天災その他自然的又は人為的な事象であって、発注者と受注者のいずれの責めにも帰することのできない事由(以下「不可抗力」という。)によって工事の出来形部分、工事仮設物、工事現場に搬入した工事材料、建築設備の機器(有償支給材料を含む。) 又は施工用機器について損害が生じたときは、受注者は、事実発生後速やかにその状況を発注者に通知する。

(2) 本条(1)の損害について、発注者及び受注者が協議して重大なものと認め、かつ、受注者が善良な管理者としての注意をしたと認められるものは、発注者がこれを負担する。

(3) 火災保険、建設工事保険その他損害をてん補するものがあるときは、それらの額を本条(2)の発注者の負担額から控除する。

 

このように、『不可抗力』によって工事の出来形部分等に生じた特定の損害のうち、両当事者が協議して重大なものと認め、かつ、受注者が善良な管理者としての注意をしたと認められるものについては、発注者が負担することになっています。

本条項と上記32条6項との関係が問題になります。

この点については、21条は、『不可抗力それ自体を原因として生じた受注者の損害』を対象としているのに対し、32条6項が対象としているのは、『工事の中止にともなって生じた受注者の損害』であるという、「損害の対象」に違いがあると考えられます。

今回、地震や台風などの『不可抗力』とは異なり、コロナウイルスそれ自体によって、出来形部分や工事仮設物等に損害が発生することは考え難いです。

したがって、新型コロナウイルスの感染拡大によって生じた受注者の損害については、32条6項により、工事の中止によって生じた受注者の損害として処理されるものと考えられます。

 

6 改正約款における変更点

6.1 受注者の工事中止権等

2020年4月に改訂された民間(旧四会)連合協定工事請負契約約款(以下、「改正約款」といいます。)では、受注者の工事中止権等について、32条が次のとおり規定しています。

第32条 受注者の中止権

(1) 次の各号の一にあたるとき、受注者は、発注者に対し、書面をもって、相当の期間を定めて催告してもなお解消されないときは、この工事を中止することができる。ただし、dの場合は、発注者への催告を要しない。

a~c 略

d   不可抗力のため、受注者が施工できないとき。

(2) 本条(1)における中止事由が解消したときは、受注者は、この工事を再開する。

(3) 本条(2)によりこの工事が再開された場合、受注者は、発注者に対してその理由を明示して必要と認められる工期の延長を請求することができる。

(4) 略

(5) 略

 

上記のとおり、改正約款32条は、改正前約款と同様、受注者に対し、『不可抗力』を理由とする「工事中止権」や「工期延長請求権」を認めています。

また、『不可抗力』を理由とする場合の中止権行使については、受注者による書面での催告は不要とされており、改正前約款の不備が訂正されました。

 

6.2 受注者の損害賠償請求権の否定

もっとも、改正約款では、工事中止にともなって生じた損害についての受注者による発注者に対する損害賠償請求を規定した改正前約款32条6項が削除されています。

その上で、改正約款30条の2第1項が新設され、次のように規定しています。

第30条の2 受注者の損害賠償請求等

(1) 受注者は、発注者が次の各号のいずれかに該当する場合は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、当該各号に定める場合がこの契約及び取引上の社会通念に照らして発注者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

a 第32条(1)の規定により工事が中止されたとき(ただし、dは除く)。

b ・・・

c ・・・

 

下線部のとおり、改正約款32条1項dに基づき工事が中止された場合、受注者は、発注者に対して、損害の賠償を請求することができません。

すなわち、『不可抗力』を理由として受注者が工事を中止した場合には、受注者は発注者に対し、損害の賠償を請求できなくなりました。

 

6.3 請負代金額の変更請求

もっとも、改正約款29条は、次のように規定し、工事が中止になった場合の請負代金額の変更について規定しています。

第29条 請負代金の変更

(1) この契約に別段の定めのあるほか、次の各号の一にあたるときは、発注者又は受注者は、相手方に対して、その理由を明示して必要と認められる請負代金額の変更を求めることができる。

a~f 略

g 中止した工事又は災害を受けた工事を続行する場合、請負代金額が明らかに適当でないと認められるとき。

 

受注者が、改正約款32条1項dに基づき、工事を中止した場合には、上記29条1項gに該当するため、受注者は、発注者に対し、理由を示して、請負代金額の変更を求めることができます。

受注者は、工事の中止にともなって生じた手待ちによる損害については、本条項に基づく請負代金額の変更請求という形で処理することが考えられます。

ただし、本条項は、当事者の実質的な公平をはかるために設けられた規定であるため、受注者に生じた損害をそのまま、請負代金額の変更に転嫁できるとは限りませんので、注意が必要です。

また、受注者が、代金変更請求をしたが、発注者との間で協議が整わなかった場合の効果についても注意が必要です。

古い裁判例(東京地判昭和36年5月10日、東京高判昭和56年1月29日など)には、当事者の協議が成立しない以上、その要求が客観的にいかに正当であっても、代金変更の効力は一切生じないという考え方(合意説)がとられたものがあります。

一方、代金変更請求をしたときに、その時点で客観的に相当と考えられる代金に変更されるという考え方(形成権説)も有力に主張されており、現在でも裁判所が合意説を維持するとは必ずしもいえません。

 

7 まとめ

約款の改正により、工事中止にともなう受注者の損害については、少なくても約款の文言上は、その取扱いが異なることになり、改正前約款が適用される事案においても、裁判所では、新約款の規定をある程度考慮して、受注者による損害賠償請求を制限する可能性があります。

また、工事代金の変更請求についても、当事者の協議が整わなかった場合の処理について、見解の対立があり、曖昧かつ複雑な状況となっております。

『不可抗力』を理由とする工事中止の決断や、それにともなって生じる損害の負担について不安を感じた方は、当事務所まで御相談ください。

 

弁護士 崎川 勇登、石川 諒

 

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