新型コロナウイルスの感染拡大と緊急事態宣言の影響で、営業ができなくなったお店は数多くあります。
そんなお店のオーナーの大きな悩みが、毎月支払わなければならない「賃料」です。
すでに大家さんとの間で賃料支払時期の延期や、賃料の減額について交渉を始められている方も多くいらっしゃると思います。
そこで、本記事では、『借地借家法』という法律で認められている「賃料減額請求権」について、借主が知っておくべきこと、および、減額請求を受けた貸主が知っておくべきことを解説したいと思います。
目次▼
「賃料増減額請求権」は、借地借家法の32条1項に定められた権利です。
建物賃貸借は、貸主が借主に対して、建物の使用収益をさせて、借主がその対価を支払う契約です(民法601条)。
その対価が、「賃料」ということになりますが、「賃料」は、契約締結時や契約更新時に当事者間の合意によって決定します。
ただ、建物の賃貸借では、その期間が長期に及び、その間の経済事情等によって、「賃料」が不相当となる場合がありえます。
そこで、借地借家法32条は、建物の賃貸借において、その賃料が不相当になったときは、当事者は、将来に向かって、賃料の増額や減額を請求することができると定めています。
新型コロナウイルスの影響で賃料支払いに苦慮されている借主は、「賃料減額請求権」を行使するという手段が考えられます。
しかし、「賃料減額請求権」の行使という手段はこの後に説明するとおり、目の前の家賃支払の問題を解決するには至らない可能性が高いです。
「賃料減額請求権」を定める借地借家法32条1項は、次のように規定します。
建物の借賃が、①土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、②土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は③近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
借主がこの規定に基づき貸主に対し、賃料減額請求を行うためには、以下の事情を考慮して、現在の賃料が「不相当」となったことを主張しなければいけません。
① 土地または建物に対する租税その他の負担の増減
② 土地または建物の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動
③ 近傍同種の建物の家賃水準
また、条文上、記載はありませんが、以下の事情も考慮されることになります。
④ 現行賃料が定められてから相当期間が経過していること
⑤ 当事者間の主観的個人的な事情の変化
たとえば、飲食店舗としての利用を目的とする賃貸借では、都道府県知事からの休業要請に基づいて休業している借主の事情は、上記の⑤「当事者間の主観的個人的な事情の変化」として考慮されることになります。
ただし、上記のとおり、賃料減額請求権が認められるか否かは、上記の考慮要素を総合的に考慮した上で現行賃料が「不相当」になったと判断される必要があります。
新型コロナウイルスの影響の長期化により、継続的な景気の悪化がみられ(経済事情の変動)、近隣の家賃水準が下落した(近傍同種の建物の家賃水準)などの事情が現れはじめれば、賃料減額請求は肯定されやすいのですが、新型コロナウイルスの影響が一時的なものである場合は、難しいといえます。
そうだとしても、新型コロナウイルスの影響が長期化するのか、近いうちに終息するのかは全く分かりません。
このような状況においては、借主としてはいずれ賃料減額請求権を現実に行使することになるかもしれません。
貸主も借主から賃料減額請求権の行使を受けた場合の対応について知っておくことが必要です。
借主から賃料減額請求を受けた貸主は、まず借主との間で減額賃料額について協議することになります。
協議の結果、減額賃料について合意ができるのであれば、その合意内容に基づいて、減額した賃料が支払われることになりますが、ここで注意が必要です。
いったん、借主からの賃料減額請求に応じてしまうと、たとえ新型コロナウイルスの影響が比較的早く治まったとしても、簡単には、従前の賃料額に戻すことができない可能性があります。
減額請求に応じた貸主が、元の賃料額に戻してもらうためには、借主と協議して、合意する必要があります。
仮に、借主との間で合意ができない場合、今度は貸主が借主に対し、「賃料増額請求権」を行使することになるのですが、これが認められるか否かは、上記の①から⑤を総合考慮して判断することになるので、簡単には認められません。
したがって、借主から減額請求を受けた貸主は、減額賃料について合意をする場合には、たとえば、減額期間を区切った上での合意をするなどの注意が必要です。
次に、当事者間で減額賃料額について合意ができない場合について説明します。
この場合、借主は、いきなり訴訟を提起することはできず、まずは賃料減額についての調停を申立てる必要があります(民事調停法24条の2)。
調停の場でも解決ができない場合には、訴訟を提起して、最終的に裁判所が「相当」と認める賃料額について判決を出すことになります。
ここで、「賃料増減額請求権」はその行使によって直ちに法律関係の変動が生じる『形成権』と呼ばれる権利だ、と解釈されています。
したがって、調停や裁判を経て「減額を正当とする裁判が確定した場合」であっても、「賃料」は、裁判が確定したときから変更となるのではなく、借主が減額を請求した時点から変更されていたことになります。
減額請求を受けた貸主が、「借主から既に支払いを受けた賃料額」が「裁判所で正当とされた賃料額」を超えるときは、その超過額に年1割の割合による利息をつけて借主に返還しなければいけません(借地借家法32条3項)。
先ほど説明したとおり、当事者間で減額賃料について合意ができない場合には、【調停→訴訟】というステップを踏まなければいけませんでした。
しかし、借主の中には、資金的な余裕がなく、調停や訴訟で争っている時間はないという人もいるはずです。
その場合、借主としては、「一方的に自分で決めた減額賃料額を支払うことはできるのか?」との疑問が、貸主としては、「借主が一方的に減額賃料額を支払ってきた場合、契約を解除できるのか?」という疑問が生じると思います。
この点について、借主が賃料減額請求をして、その直後から自分が一方的に決めた減額賃料額のみを支払っていた場合において、貸主からの賃料不払を理由とする契約解除の有効性が争われた過去の裁判例の結論はわかれています。
【解除を有効とする裁判例(東京地裁平成10年6月18日・東京地裁平成6年10月20日)】
解除を肯定した「東京地裁平成10年6月18日判決」は、次のように述べて、賃料減額請求をした借主は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、貸主が請求する賃料額を支払わなければ賃料不払いになるとします。
「この規定(借地借家法32条3項)は、賃料減額請求権が当該請求権行使によって法律関係の変動が生じる形成権であることを前提として、その行使によって定まるべき客観的な相当賃料額と当事者間の認識する主観的な賃料相当額とのギャップによって生じる賃料不払いを巡る紛争を防止するため、そのような場合においては、賃貸人は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、賃借人に対し、自己が相当と認める額の賃料の支払を請求することができるものとして、賃貸人の認識に暫定的優位性を認めて、賃借人に右請求額を支払うべき義務があるものとして(したがって、賃借人が右請求賃料の支払いをしないときは、賃料不払いとなるという危険を免れないことになる。)・・・」
【解除を無効とする裁判例(東京地裁平成9年10月29日)】
一方で、解除を否定した「東京地裁平成9年10月29日判決」は、次のように述べて、解除の効力を否定しています。
「賃料減額請求は賃借人の一方的な意思表示により賃料の減額を相当とする要件が具備されていれば相当価格に減額されるとの形成権であると解される・・・」
「借地借家法32条3項は旧借家法7条を踏襲するものであり、同条においては減額請求をした賃借人は「相当と認める額」を提供しなければならないけれども、その額が著しく不合理でなければ、相当賃料を下回るときには差額に年一割の利息を付して支払えば解除されることはない趣旨であると解されていたのであり、借地借家法32条3項が右解釈を変更するものでないことは、各条項の文言の類似性、立法過程から明らかである。」
両判決は、ほぼ同時期になされた判決でありながら、借地借家法32条3項について、異なった解釈がとっているようにもみえ、上記の疑問に対する建物賃貸借の当事者の対応は難しいものといえます。
これらの判決を踏まえると、借主としては、一方的な減額賃料を支払ってしまうと貸主から契約を解除されて、裁判所ではその解除も有効と判断される可能性があります。
そうすると、借主としは、できる限り現行の賃料額を支払い続けることが重要となります。
一方で、どうしても従前の賃料額を支払えない借主もいることでしょう。
解除を否定した「東京地裁平成9年10月29日判決」は次のようにも述べています。
「減額された相当賃料よりも支払っている賃料額は月額1万0290円少ないけれども、その相当賃料に対する割合は約2.5パーセントであり、現在においても不足分の合計額は相当賃料の3分の1に満たない額である」
つまり、裁判所は、貸主による解除を否定した理由として、相当賃料額と比較して、借主が一方的に支払ってきた減額賃料額がそれほど低くなく、不足合計額もそれほど多くない事情を重要視しています。
したがって、どうしても一方的に減額賃料額を支払うことになる借主は、解除のリスクは消えませんが、できる限り現行賃料に近い金額を支払うことが大切です。
弁護士 崎川 勇登、石川 諒