労働基準法において、各種労使協定を締結する際に、過半数労働組合または労働者の過半数代表者の選出が求められる場合があります。過半数代表者の選出はルーズになりがちですが、法に定められた選出手続を遵守しないと、取り返しのつかない事態が発生する場合があります。
この点について、二つの裁判例をご紹介します。
この事件では、会社が従業員との間で専門業務型裁量労働制にかかる労使協定を締結し、これを労働基準監督署に届出していたほか、就業規則にも専門業務型裁量労働制の規定を設けていましたが、労使協定締結の際の過半数代表者の選出方法や就業規則の周知手続に問題があるとして、これらの効力が争われました。
専門業務型裁量労働制を採用する場合、過半数労働組合または過半数代表者との間で労使協定を締結し、これを労働基準監督署に届け出る必要がありますが(労働基準法38条の3)、裁判所は、労働者の過半数代表者の選出の手段、方法が不明であり、適法に選出されたことを窺わせる事情は何ら認められないとして、労使協定の適用を認めませんでした。
また、専門業務型裁量労働制を労働契約の内容とするためには、就業規則または労働契約に定めをおくことが必要となりますが、裁判所は、就業規則が周知され、いつでも閲覧できる状態になっていたとはいえないこと等を理由に、労働契約上の効力も否定しました。
このように、専門業務型裁量労働制の適用が否定された結果、会社は、未払残業代の支払を命じられることになりました。
この事件では、会社が1年単位の変形労働時間制に関する労使協定を労働基準監督署に届出していましたが、裁判所は、労使協定の作成に際して、選出目的を明らかにした投票、挙手等の方法による手続は行われておらず、労基法施行規則所定の手続によって選出された者ではない者が過半数代表者として署名押印していることを理由に、変形労働時間制に関する労使協定の成立を否定し、会社に未払残業代の支払を命じました。
このように、過半数代表者の選出方法に問題がある場合、裁量労働制や変形労働時間制などの労働時間に関する労使協定の効力が否定され、その結果として、未払残業代が発生する可能性があります。
過半数代表者の選出方法については、労基法施行規則6条の2第1項の規定とこれに関する行政通達において、以下のとおりとされています。
①管理監督者でないこと
②法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される以下の方法による手続により選出された者であって、使用者の意向に基づき選出されたものでないこと
・投票
・挙手
・労働者の話合い
・持ち回り決議
・その他、労働者の過半数が当該者の選任を支持していることが明確になる民主的な手続
過半数代表者の選出を指示したにもかかわらず、立候補者がいないなどの理由でなかなか決まらない場合もあるかもしれませんが、会社が候補者を指名することは、「使用者の意向に基づき選出された」と評価されるおそれがあるため、くれぐれも避けるべきです。
また、前記乙山彩色工房事件では、過半数代表者の具体的な選出方法を会社が立証できなかったため、労使協定の適用が否定されています。この点を踏まえると、過半数代表者の選出にあたっては、具体的な選出方法を記録しておくことも重要です。
(弁護士 内田 靖人)